今年も5月・6月は、オーストリアはウィーン、イタリアはいつものウンブリア州のウンベルティーデと南イタリアのサレルノに行って、都合7枚分のCDのためにレコーディングを行った。
まずは最後のセッションになった、サレルノの聖ジョルジョ教会でのベーゼンドルファーの新しいグランド・ピアノを使ったCD2枚分のピアノ録音をご紹介する。
このサレルノの聖ジョルジョ教会は、16世紀の末、まだこの地がランゴバルド王国の支配下にあった時代に、聖ジョルジョ修道院として建てられ、修道女の居住施設とバロック時代の教会としては、フランチェスコ・ソリメーナとその父アンジェロの手になる最高の天井部分の装飾絵画が有名で、今日もその原画が見事に保存されていて、サレルノの中心街にたって観光の名所となっている。
また、この教会の音響が秀でていることや楽器を持った天使の絵が天井や壁面に多くあるところから、昔からコンサートにもたびたび使われていたが、市の観光局が、イタリアの音楽雑誌『アマデウス』にカメラータのCDが付録についたのをみて興味を持ち、2013年の10月に我々をサレルノに招待してレコーディングの機会を与えて下さった。それが、地元のピアニスト、コスタンティーノ・カテーナとナポリの世界で一番古いオペラ座と言われるサンカルロ・オペラ座の主要メンバーから成るサヴィニオ弦楽四重奏団によるシューマンのピアノ四重奏曲、五重奏曲の録音(CMCD-28320)で、これがこの教会における初録音であった。
今回は、この聖ジョルジョ教会にベーゼンドルファーが新しく発表した280VCという新モデルのピアノを運び込んで、是非ともデモンストレーションになる記念的なアルバムを制作してほしいと、イタリアのヤマハの松岡さんから打診があり、全面的な協力のもとに、2枚のピアノ録音をすることになった。
我々は5月31日にウンブリアからサレルノに移動して、翌日の6月1日から6日まで、まずは、コスタンティーノ・カテーナのソロを録音した。我々のアイディアは、『デディケーション・献呈』というタイトルで、シューマンとリスト、2人の作曲家が互いに捧げあった作品を収める、というもの。即ち、リストはピアノ・ソナタ ロ短調S.178、シューマンは「幻想曲」ハ長調Op.17という2曲の組合せである。
コスタンティーノ・カテーナは、この数年ウンベルティーデの聖クローチェ美術館でファツィオーリを使ってシューマンの主要なピアノ独奏曲集の録音を続けており、この流れで「幻想曲」ハ長調だけをベーゼンドルファーというわけにもいかないので、5月26日にわざわざウンブリアに来てもらって、ファツィオーリでも収録した。
リストのピアノ・ソナタ ロ短調は、私も永らくレコーディング・プロデューサーをしているせいか、今回が4回目なので、最後の機会と念じて臨んだ。楽譜のエディションについては、カテーナはヘンレ版を使うと聞いていたので、ベーレンライター版も持参して違いを吟味、検証して、納得の行く結論を導くように、時間をたっぷり使って収録した。例えば、このソナタの最後の音は、ヘンレ版では単音なのだが、ベーレンライターはオクターヴ下の音を加えている――といった具合に。
幸いなことに、6月2日に地元のテレビの取材があって、テレビ局がそれを即日編集したらしく翌日にはYouTubeで見られるようになった。我々のリストのピアノ・ソナタのテイク18を見事に捉えて、聖ジョルジョ教会の響きと新しいベーゼンドルファーのグランド・ピアノの魅力を伝えているので、我がホームページにも採用させてもらった。
カテーナは、この2曲のプログラムで6月9日(金)に聖ジョルジョ教会でベーゼンドルファー280VCのお披露目を兼ねてコンサートを行ったようである。当日は、イタリアのヤマハの社長がご臨席で、スピーチもあったようだ。
もう1枚の、このベーゼンドルファーを使ったレコーディングは、日本から高橋アキを迎えて、彼女にとっては6枚目のシューベルトの録音である。
今回のメインプログラムは、後期のピアノ曲では死の直前に書かれた「3つのピアノ曲」D.946と4手のための「幻想曲」D.940の2曲である。それらを中心にして、「12のドイツ舞曲」D.790や珍しいアウグスト・ホルン編曲の「美しき水車小屋の娘」のピアノ独奏版より3曲、ディアベッリのワルツの主題による変奏曲を収録した。
高橋アキのピアノ録音は、基本的にはシューベルトはすべてベーゼンドルファーを使い、エリック・サティはイタリアでファツィオーリを用いてレコーディングをして来ている。
今回は新しいベーゼンドルファーのグランド・ピアノとの対面がイタリアのサレルノで実現したもので、しかも4手作品の相手は、すでにサティの4手(これは未発売だが来年にはリリースする予定)で共演したコスタンティーノ・カテーナ。気心の知れたカテーナがいるサレルノで、アットホームな雰囲気の中、録音は進行した。
「3つのピアノ曲」は、色々とカットした版を自分で作って弾いている人も多いが、我々はシューベルトの作曲したすべてを大切に扱い、省略することは避けた。
録音しながら涙がでるほどシューベルトの晩年に思いを馳せて仕事をした。
サレルノの録音が終わって、高橋アキは自分と縁のある作曲家ジャチント・シェルシが生まれ育った街から招かれて一泊したり、帰路にローマに立ち寄り、シェルシの歌の初演を数多くした先輩のソプラノ平山美智子を、レコーディング以来久しぶりに訪ねたりした上で帰国したようだ。
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