作曲家・ピアニストの一柳 慧(いちやなぎ とし)により2015年に創設された「一柳 慧 コンテンポラリー賞」(事務局:株式会社カメラータ・トウキョウ内)の第1回受賞者が、以下の2名に決定いたしました。
大井浩明(おおい ひろあき/ピアノ)
工藤あかね(くどう あかね/ソプラノ) [敬称略・50音順]

第1回受賞者の大井浩明、工藤あかねと審査員の一柳慧
選考にあたっては、応募期間の2015年11月中に受理した60件(56名)の応募作品について、一柳慧が厳正に審査を行い、パフォーマンス部門に応募された上記2名を選びました。 応募作品の内訳は、作曲:35件、パフォーマンス:19件、執筆:6件でした。
【一柳慧による選評】
○大井浩明
大井氏の精力的なピアノの演奏活動は、その多様性ゆえに現代作品に焦点をあてたものと捉えられがちである。しかし、彼ほど徹底して1人1人の作曲家の作品を掘り下げて演奏しているピアニストは、稀有な存在と言ってよいだろう。大井の、現代音楽のあらゆる面――例えばグラフィック・スコアで書かれた作品の演奏から、ピアノの内部奏法を含むものや、身体的アクションを伴うもの、そしてきわめて高度な演奏技術と音楽性を要求されるケージやクセナキスやブソッティなどの先端的なもの、すべてを網羅している演奏は特筆に値する。また、2015年から16年初頭にかけてだけでも、ピアノ版によるマーラーの交響曲やシェーンベルクのオーケストラ曲、その他、フランコ・ドナトーニやマウリツィオ・カーゲル、さらに日本の甲斐説宗や篠原眞らの作品までを、ほとんど毎月ごとに、堅実な演奏でリサイタルやコンサートで披露している。さらに大井の場合、忘れてはならないのは、古典楽器や音楽にも精通しており、現代のピアノの演奏とつながったチェンバロやフォルテピアノでバッハやベートーヴェンの演奏も行っていることがある。それら奥深い幅広いレパートリーの背景を司っている大井の演奏哲学も、今回の受賞の対象として欠かせない要素になっていることを併記しておきたい。
○工藤あかね
弾けない時は、歌えばいい
歌えない時は、踊ればいい
踊れない時は、書けばいい
という言葉に象徴される工藤の声楽、コンテンポラリー・ダンス、ギター演奏、音楽学など、多岐にわたるクリエイティヴな活動は注目の的である。2015年のトーキョーワンダーサイトのエクスペリメンタル・フェスティバルで最優秀作品となった「Secret Room Vol. 2―布と箱」の公演におけるすべてのプロフェッションを活用したジョン・ケージ、湯浅譲二、松平頼曉らの作品の独自なパフォーマンスの成果、2013年に結成以来、継続している藤田朗子とのデュオ「タマユラ」におけるシェーンベルクの「架空庭園の書」、サティ-ケージの「ソクラテス」、シュールホフやウルマン歌曲の蘇演活動、2015年のサントリー芸術財団サマーフェスティバルでのシュトックハウゼンの超絶技巧を駆使した「シュティムング」の音楽性豊かな、新しい現代音楽の領域を開拓したパフォーマンスなどが受賞の対象になった。そこに見られる音楽と向き合う姿勢は、これからの音楽にとって不可欠になるであろう作品の創造と通底するようなクリエイティヴィティが横溢する芸術行為であると言えるだろう。
【受賞者プロフィール】
大井浩明(ピアノ)
京都市出身。独学でピアノを始めたのち、スイス連邦政府給費留学生ならびに文化庁派遣芸術家在外研修員としてベルン芸術大学(スイス)に留学、ブルーノ・カニーノにピアノと室内楽を師事。同大学大学院ピアノ科ソリストディプロマ課程修了。朝日現代音楽賞(1993)、アリオン賞(1994)、青山音楽賞(1995)、村松賞(1996)、出光音楽賞(2001)、文化庁芸術祭賞(2006)、日本文化藝術賞(2007)等を受賞。これまでにNHK響、新日本フィル、東京都響、東京シティ・フィル、仙台フィル、京都市響等のほか、ヨーロッパではバイエルン放送響、ルクセンブルク・フィル、シュトゥットガルト室内管、ベルン響、アンサンブル・アンテルコンタンポラン(パリ)、ASKOアンサンブル(アムステルダム)、ドイツ・カンマーオーケストラ(ベルリン)等と共演。
公式ブログ:http://ooipiano.exblog.jp/
*なお、第1回受賞者の大井浩明氏は、2月21日(日)18時より一柳慧ピアノ作品個展を予定しています。 http://ooipiano.exblog.jp/25169504/
工藤あかね(ソプラノ)

(c) Jun’ichi Ishizuka
東京藝術大学卒業。日墺文化協会「フレッシュ・コンサート」最優秀賞、アテネ・オリンピック記念「国際ミトロプーロス声楽コンクール2003」日本代表。近年は身体表現を伴う先鋭的な作品に興味を持ち、シュトックハウゼン講習会で学ぶ。2011年のリサイタル「Secret Room」では、シュトックハウゼン「ティアクライス(十二宮)」にみずから振り付けをほどこし、同作に「踊るソプラノ版」という新たな解釈を拓いた。2015年サントリー芸術財団「サマーフェスティバル」、トーキョーワンダーサイト主催「トーキョー・エクスペリメンタル・フェスティバルVol. 10」に出演。ピアノの藤田朗子とデュオ「タマユラ」を結成し、これまでにサティ「3章からなる交響的ドラマ《ソクラテス》」、ヴィエルヌ「憂鬱と絶望」、シュールホフやウルマン歌曲の蘇演、シェーンベルク「架空庭園の書」などを手がけている。
【一柳 慧 コンテンポラリー賞について】
一柳 慧 コンテンポラリー賞(Toshi Ichiyanagi Contemporary Prize)は、芸術音楽の充実と活性化、また音楽を通した豊かな社会の創造を目的とし、芸術音楽を基軸に優れた活動を行っている音楽家(作曲家、パフォーマー、指揮者、評論家など)を対象に、各ジャンルの作品の応募を受け付け、一柳慧がその審査を行い、受賞者を決定いたします。この賞に年齢制限はなく、外国人も日本在住の方は応募できます。受賞者には、表彰状と賞金100万円(複数者受賞の場合、賞金は分割)が授与されます。
なお、第2回「一柳慧コンテンポラリー賞」の応募期間は、2016年10月とし、2017年1月に受賞者を決定、後日、記者発表、贈賞式と懇親会を行います。条件は、すべて第1回同様となります。
【一柳 慧 プロフィール】
一柳 慧(いちやなぎ とし)
1933年2月4日、神戸生まれ。作曲家、ピアニスト。10代で2度毎日音楽コンクール(現日本音楽コンクール)作曲部門第1位受賞。19歳で渡米、ニューヨークでジョン・ケージらと実験的音楽活動を展開し1961年に帰国。偶然性の導入や図形楽譜を用いた作品で、様々な分野に強い影響を与える。これまでに尾高賞を4回、フランス文化勲章、毎日芸術賞、京都音楽大賞、サントリー音楽賞、紫綬褒章、旭日小綬章など受賞多数。作品は文化庁委嘱オペラ「モモ」(1995)や、新国立劇場委嘱オペラ「光」(2003)、神奈川県文化財団委嘱オペラ「愛の白夜」(2006)の他、9曲の交響曲、9曲の協奏曲、室内楽作品、電子コンピューター音楽、他に「往還楽」「雲の岸、風の根」「邂逅」などの雅楽、声明を中心とした大型の伝統音楽など多岐に渡っており、音楽の空間性を追求した独自の作風による作品を発表し続けている。作品は国内のオーケストラはもとより、フランス・ナショナル、イギリス・BBC、スイス・トーンハレ、ノルウェー・オスロ・フィルなどにより世界各国で演奏されている。現在、公益財団法人神奈川芸術文化財団芸術総監督。また、正倉院や古代中国ペルシャの復元楽器を中心にとしたアンサンブル「千年の響き」の芸術監督。2008年文化功労者。