カメラータ・トウキョウ 演奏家プロフィール

ウィーン弦楽四重奏団 THE VIENNA STRING QUARTET

 ウィーン弦楽四重奏団は、元ウィーン・フィルハーモニーのコンサートマスター、ウェルナー・ヒンクが第1ヴァイオリン、ヘルムート・プッフラーが第2ヴァイオリン、ヴィオラにクラウス・パイシュタイナー、そしてチェロはラインハルト・レップという4名のウィーン・フィルハーモニカーによって、1964年に創設された。その後、1977年から第2ヴァイオリンがフーベルト・クロイザマー、1985年からはチェロがフリッツ・ドレシャル、1998年からはヴィオラがハンス・ペーター・オクセンホファーに替わって今日まで活動している。スタート時、ヴィオラとチェロがウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団のメンバーだったこともあり、直継のグループとして楽友協会の室内楽コンサートを担当するなど、ウィーンを中心に活躍してきた。
 1973年からRCAと録音契約を結び、1974年の日本演奏旅行を皮切りに、海外への演奏活動を拡げる。ウィーン芸術週間はもとより、ザルツブルク音楽祭、ブレゲンツ音楽祭、カリンテンの夏、イスラエル室内音楽祭等に出演し、レパートリーもウィーン古典派、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトを中心に、ドヴォルジャーク、スメタナ、ヤナーチェクといったスラヴ系の作曲家からウィーン近代派のツェムリンスキー、シェーンベルク、ウェーベルン、さらにショスタコーヴィチやオーストリアの作曲家ヘルムート・エーダーといった現代作品の初演に至るまで幅広い。
 レコードは、RCA、カメラータに活発に録音活動を続け、日本では1982年に、シューベルト「死と乙女/四重奏断章」で、音楽之友社が主催するレコード・アカデミー賞のベスト室内楽に選ばれる。その後も、シューベルトの弦楽四重奏曲全集モーツァルトの後期10大弦楽四重奏曲集、ベルリン・フィル(当時)のカール・ライスターを迎えてモーツァルト、ブラームス、ウェーバーといった作曲家のクラリネット五重奏曲を続けて録音し、国際的にも高い評価を受けている。
 1985年から、ウィーン弦楽四重奏団は「ウィーン八重奏団」の弦楽部を受け持つようになり、いまやウィーン・フィルの室内楽活動の大半が、彼ら4人の背にかかることになった。
 2004年5月26日、本拠地ムジークフェラインのブラームスザールで創立40周年記念コンサートを行った。

●ウェルナー・ヒンク(第1ヴァイオリン)
 1943年生まれ。ウィーン・アカデミー(現 ウィーン音楽・表現芸術大学)で、フランツ・サモイル教授の教えを受ける。1964年、ウィーン・フィルの第1ヴァイオリン奏者、1968年、第1ヴァイオリンの首席奏者、1974年にはコンサートマスターに抜擢され、現在に至っている。ウィーン市立音楽院教授。

●フーベルト・クロイザマー(第2ヴァイオリン)
 1953年生まれ。ウィーン弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者。リンツでアルツト教授につく。その後、ウィーン・アカデミー(現 ウィーン音楽大学)でフランツ・サモイル教授の教えを受ける。1969年、チェコスロヴァキア(現 スロヴァキア)で行われたコツィアン国際ヴァイオリン・コンクールで第1位入賞。1975年、ウィーン・フィルに入団。1978年、第2ヴァイオリン首席奏者。1982年、第1ヴァイオリン首席奏者となる。

●ハンス・ペーター・オクセンホファー(ヴィオラ)
 1948年、グラーツ生まれ。ウィーン音楽大学でフランツ・サモイルに教授にヴァイオリンを、ジークフリート・フューリンガー教授にヴィオラを学ぶ。ウィーン・プロアルテ・カルテットのメンバーを経て1971年、ウィーン交響楽団にヴァイオリン奏者として入団、1975年からヴィオラに転向、1977年まで在籍。同年、ウィーン・フィルのヴィオラ奏者となる。オーケストラのほかにもウィーン弦楽五重奏団とウィーン・ヴィルトゥオーセンのメンバーとして活躍。教育者としても1983年以来ウィーン市立音楽院で、1993年からはウィーン国立音楽大学(現 ウィーン音楽・表現芸術大学)ヴィオラ科教授に就任、後進の指導にあたっている。1998年にクラウス・パイシュタイナーの後を継ぎウィーン弦楽四重奏団に入団した。2005年にはウィーン・フィルのメンバーを中心としたフィルハーモニック・アンサンブル・ウィーン“モーツァルティステン”を結成。指揮者としての活動も注目されている。

●フリッツ・ドレシャル(チェロ)
 1947年生まれ。ウィーン・アカデミー(現 ウィーン音楽・表現芸術大学)でフリーダ・リッシャウアー=クラウス教授に師事する。1968年、アカデミーにて優秀賞を得、同年、ウィーン・フィルに入団。1973年よりウィーン八重奏団に参加。1974年にはウィーン・フィルのチェロ首席奏者。1985年、ウィーン弦楽四重奏団のメンバーとなる。


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