- 2004年度、第59回文化庁芸術祭において、私どもの会社「カメラータ・トウキョウ」がレコード部門で、2002年に続いての芸術祭大賞を受ける栄誉に浴しました。表彰式が大阪のニューオータニホテルというのは、河合長官の関西文化圏を元気にしたいという一念から、昨年に続いての大阪での催しとなったもので、21の優秀賞、6つの新人賞の上に10の大賞が選ばれ、レコード制作部門から新実徳英の管弦楽作品集「風神・雷神」が大賞を受けました。
- 日本は文化を永い間、軽んじて来て、今だに文化庁は文化省にもならない上に、その予算の大半は、国宝文化財の保存管理に使われていて、文化の奨励や文化産業の育成につながる支援をしないままに来ました。その良い例が「冬ソナ」に代表される韓流現象で、映画産業はかつては、黒澤明の「七人の侍」や「羅生門」、小津安二郎「東京物語」等々、映画先進国として世界中の若者に影響を与え、輸出産業として外貨を稼いでいたはず。それが今日では日本映画の危機が叫ばれ、映画造りをするスタジオが続々と閉鎖され、裏方と言われるが本来は最も大切な制作の柱を支えて来た、装置や照明、カメラ等の技術が若者に引き継がれないままに、アメリカ映画に飲み込まれ、韓国、香港、中国映画に圧倒されています。
- 私が非常勤ながら講師を務めている東京芸術大学が、やっと今年に入って北野武を迎えて映画製作の講座を始めると言う。「日本は50年遅い!」というのが私の感慨である。オーストラリア等では、この30年、国が映画製作に膨大な投資をして、次の映像のソフトビジネスの担い手を育てようと、必死になって来たし、その成果がハリウッドで実って来ています。
- 小泉首相は「知的財産立国」と2年ほど前にスローガンを掲げたが、この場合、工業化学における応用技術も含めての意味とは言え、〈ハードビジネスからソフトビジネスへ〉と言われて久しく、特にコンピューター時代に入って、マイクロソフトに我々がどれだけ多くのお金を支払い続けているかを考えただけでも、カルチャービジネスが製造業に取って代わって、先進国のメインビジネスであることはお解り頂けるでしょう。
- 僕は一生を通して音楽のソフトビジネスを創り続けて来た人間ですが、それとて、海外に日本音楽を売ってビジネスをしている人の何と少ないことか。例えばポップスを見れば、アメリカで大ヒットした日本音源は、いまだに坂本九ことキューちゃんの「上を向いて歩こう」(Sukiyaki-Song)しかない。坂本龍一の「ラスト・エンペラー」が売れたとしても、作曲者は日本人だが原盤権を持っているのはアメリカという図式。松下電機がMCA=ユニバーサルを買い、ソニーがコロンビア・ピクチャーを買ったときが、もっとも期待が大きく持てたのですが、松下は短期間でそれをマネージする能力がないことを暴露して、カナダのシーグラムに株を売り渡してしまいました。今はソニー・ピクチャーが唯一、日本が映画事業で利権らしきものを持っている例。でもそのソフトの担い手が日本人ではないのが口惜しいでしょう。
- 要するに、文化庁の主催する例年の芸術祭は、その国の文化ビジネスの「メッセ」(Messe:見本市のことで、ここでビジネスの取引や商談が行われる)の基になるべきもので、その国の文化水準を示す大切な催しであり、もっともっと注目されるべきものにならなくてはいけないのです。 私個人としては、まだ少しはレコード制作の余力を残して現役で働いているつもりなので、一枚でも良い、永くエヴァーグリーンとして聴き継がれる音源を残してゆきたいと思っています。
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